月とバイオリン
 自分の呼吸する音を意識してしまうほど、静かなテーブルとなってしまった。

シェリーはうつむき、視線はカップの縁に落ちている。

赤に近い茶の色の液体に、輪郭が揺れているのを見る。

「うまく言えない……」

小さくつぶやく声は、悔しそうにも聞こえた。

探すのに言葉は見つからない。上手に説明ができなくて、もどかしい想いなのだろう。

シェリーが静かに物思いに耽り、半ば瞳を閉じているその姿を、私は描き止めたいほどだと思って見ていた。

このモデルならば、気難し屋で名高い画家先生、ハリス大老も快諾くださるのでは。


そう考えた矢先、私の耳はテーブルを叩きつける音を聞いた。

そして目はシェリーの拳が振るわれるのを、見ていたのだった。残念ながら。

「もう確かめに行くしかない」

 この衝撃で、カップたちは震え音を立てていた。

私の心も同じような有様だ。

瞬間の夢は無残に弾き飛ばされ、現実は良くない方角へと向かっている。
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