月とバイオリン
カップが顔を隠してしまったので、表情がうかがえない。

所在なく、私もカップに手を伸ばす。聞いた言葉を頭の中に並べながら。


 遠くにいるみたいな人。


その言葉はとても曖昧で、いろいろな方向にいろいろに想像するばかりで、嵌る絵が浮かんでこない。

ヴァイオリンを弾く人。

その人が弾くのは常に一曲だけ。

『カノン』……。

遠くから聴こえる音楽だ。


この曲をヴァイオリンの音で私は聴いたことがない。

ピアノで聴かせてくれたのは、フレディだ。

私もいつかは彼のように、自分の指から生まれさせたいと思っていた、美しく心地よい曲。


聞いて悪い印象なんて受けるはずはないのだけれど、どうしても私はシェリーが心配だった。

物事に向かってゆくシェリーは生き生きしている。

向かっていく先に障害があるのではないか、などという仮想に恐れは抱かない。

そして実際にぶつかった時となっても、やはり恐れはしないのだ。

あわてて騒ぎ無駄に動くシェリーなど、見たことがない。
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