月とバイオリン
 もう震えてはいないことに気づき、シェリーは握り合っていた手をほどいた。

開かれた指の間を、夜の空気が流れてゆくのが心地好い。


カノンは低音を走っている。
より低く。
低きを目指して。


「とてもきれいな曲だけれど、この音を聴いて私は悲しい気持ちになるの。だけど自分の中にどうしてそうなるのかの説明が見つからない。だからこの感情は、弾いている人間のものだと思う」

 ゆらゆらと揺れる火の像が目の中に残り、見えているものとの区別が難しくなっている。

空気の中に溶けていく炎の端。

生まれ出た音たちも、次々と同じ空気に解き放たれて、満ちてゆくのか、飛散するのか。


「いろいろなことがあるものだよ」

「そうよね。そういうものだって、知っているわ」
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