月とバイオリン
闇夜に誘うもの
正しく玄関を通る予定だったのに、家主は留守にしているようだ。
メイドもすでに部屋に下がってしまったのだろう(あるいは通いかもしれないが)。
シェリーは二度呼び鈴を引いて、あきらめた。
この建物の中で覚醒しているのがヴァイオリニストただ一人であるのなら、紐をつかむ手は無意味そのもの。
呼び鈴もその音も私だって空しいだけね、とシェリーは誰かに見せでもするように、腕を組んで首を振った。
見上げる瞳に月が映り、耳にはカノンが流れ込む。
聞こえる蹄の音に急かされる思いで、思い切って固そうなノブに手をかけた。
どこからかまたジェラルドが現れたなら、今夜はクリスも一緒のはずだ。
必ず降りてきて首を突っ込んで来るだろう、早く屋内に入らなくては。
しかし家主が留守でメイドもいないのなら、玄関に鍵がかかっていないわけがないのだ。
回らなかったノブから手を放し、シェリーは素早く地下への階段を駆け下りた。
今夜は屋根など目指さずに、正式に彼の扉をノックする来客として面会を求めたい。
その前段階。
建物そのものに侵入したことは、ともかく他所に置いておくとして。