月とバイオリン
目の前にしているのだから、かき消されて当然だわ。


 シェリーは思い、彼を見つめた。

ちらちらと揺れる炎の明かりは充分ではなく、瞳の色すら断言できない。

これだけの明るさの中で、あるいは暗さの中で弾いていたのだから、と見渡せば部屋の中にはもちろんひろげられた楽譜などは見当たらなかった。


 あれだけ自在に弾き続ける人間が、譜など必要にしているわけはない。

わかり切っていたそんなことを確認している自分が、腹立たしい。


 どうでもいい。

目の前の真実を誤らないように、シェリーはもう一度改める思いで彼と目を合わせた。

揺らぎのない、温度もない表情をしている。

そして今はさらに、不審そうに顔を歪め、

「君を――?」
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