月とバイオリン
ではどこに?

 こことはどこを言う?

 手に負えないと思って当然だったのだ。

この大地に存在のない者を求めている彼と、通じる言葉が見つかるものか。


「帰れ」


 言われて然るべき言葉が、剣のように突き刺さる。

然るべきと感じてしまうからなおのこと辛かった。

ほんの少しだけ前の時刻(とき)、踊り場に捨て去ってきたはずの竦みを思い出してしまう。

甦らせてはいけない。

戻ってはならない。


 自分を裏切りはしない。

手を引いたのは自分なのだし、足を進めたのは自分なのだ。

なにより、目指して来たのは自分だった。

それを相手に逃げ出すなんて、そんなまねは許せない。

「教えて」


 ぐっと手にも足にも力が入る。

それがそこにあることを確認するかのように、確かな自分を求めるような、そんな動き方だった。
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