久遠の花〜blood rose~雅ルート

 「そういった経験って、なんなのかなぁ~?」

 ニヤニヤと怪しげな表情を浮かべ、どういうことなのかと問い詰めてくる。

 「だ、だから……男の人と手を繋いだり。――こ、こうやって過ごすことがですよ!」

 距離を詰めてくる雅さんの肩を押し返し、私は強めに答えた。
 少しでも隙があると、どうやらくっついてくるみたい。……気を付けないと。

 「へぇ~。じゃあ美咲ちゃん、彼氏いなかったんだ?」

 当たっているだけに、なんと返していいものか困ってしまった。
 やっぱり、この歳で一回も付き合ったことがないって、珍しいのかなぁ。

 「中学はあまり通っていませんし……そんなこと、できる状態じゃなかったですから」

 「じゃあオレが初ってわけか。嬉しいなぁ~」

 「!? も、もう付き合ってるんですか!?」

 「オレは構わないよ? むしろ大歓迎!」

 「わ、私はよくないです……」

 「えぇ~オレじゃダメ?」

 ダメとかそういう問題じゃなくて……いきなり言われても、困っちゃうんだよね。
 多分、からかってるだけだろうし。あ、でももし本気で言ってたら――。
 う~んと悩んでいれば、雅さんはくすりと、小さな笑いをもらした。

 「急にはムリか。――ま、初デートはゲットしたみたいだからイイや」

 語尾に音符マークでも付きそうなくらい、雅さんの声は楽しげで。こっちとしては、またどうやって返したらいいのか少し困ってしまう。
 とりあえずこの話題を変えようと、今思い付いたことを聞いてみることにした。

 「み、雅さんは、この辺りに住んでるんですか?」

 話は何でもよかった。このまま続けたら、恥ずかしさに耐えられそうになかったから。

 「ちょっと遠いかな。そんなこと聞くなんて、家にでも来てくれるの?」

 「い、行きませんよ! どうしてそんなことになるんですか」

 「な~んだ、残念。――ってか、やっぱ美咲ちゃんイイね」

 「? いいって、なにがですか?」

 「まともにオレと話してくれるとこ。他人とこんなに話したのって、ホント久々なんだよねぇ~」

 笑いながら言ってるのに、その表情は、どことなく影を帯びているような気がして……なんとなく、淋しさを感じた。それは、自分の境遇を思い出したからか。それとも、雅さんの気持ちを感じ取ったからか。私たちの間には、少し冷たいような、それでいて、どこか心地のいい雰囲気が流れていた。

 「――ま、もちろんイイのは他にもあるけどね」

 そう言って立ち上がると、雅さんは私の目の前に手を差し伸べ、

 「では、家まで送りますよ――お姫様」

 ニコッと笑みを見せながら、そんなことを言った。

 「ふふっ。お姫様だなんて」

 予想外の言葉に、私は思わず笑っていた。面白いことを言うんだなぁと思いながら、自然と私は、雅さんの手を取っていた。

 「あれ、苦手じゃなかったの~?」

 「苦手ですよ? ただ、こうやって言われるのは面白くて」

 からかうように言う雅さんに、私も少し、悪戯っぽく答えてみせた。

 「なるほどねぇ~。――でもさ」

 一瞬にして、目の前の景色が消える。なぜ消えたかを理解する前に、頭上から声が聞こえた。

 「簡単に信用しちゃ……ダメだよ?」

 体を包まれる感覚。それでようやく、私は雅さんの腕に抱かれているとわかった。信用しちゃダメと言う言葉に、私は雅さんがなにを言いたいのかわからず、ただじっとしているしかできなかった。

 「いくら相手が優しくても、簡単に隙を見せちゃダメ」

 あの日のように、怖いという感情は無い。
 腕の中は温かくて……落ち着きさえ感じてくる。

 「自分を護りたいなら、尚更ね」

 そう言った後、雅さんはゆっくり私を解放した。
 気まずい雰囲気が流れる中、雅さんは何事も無かったかのように笑顔を見せる。

 「それじゃ、ホントに帰るとしようか」

 「あっ……はい」

 間の抜けた返事をする私に、雅さんは再び手を取り歩き始めた。
 今のは……なんだったの?何度も自問自答しながら、雅さんの横顔を見つめた。
 明るくて、たまに見せる大人な雰囲気。本心が掴めない雅さんに、私は少しずつ、興味が湧きつつあった。
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