久遠の花〜blood rose~雅ルート



 ……それなのに。



 すぐに、受け入れることができなくて。まともに目を合わせられないほど、私は動揺を隠せないでいた。



 「……こういう時、どうしたらいいんだろうな」



 小さく呟かれた言葉。とても弱々しいその声からは、さっきまで血の海に立っていた人と同じとは思えないほど、別人の声に聞こえた。



 「しばらく……君には触れない」



 何か言ったと思えば、叶夜君はすっと立ち上がり、私との間に距離を取る。

 「――叶夜です。日向さんが処理の現場を見てしまって」

 そして背を向けながら、誰かに今の状況を電話していた。
 まだ体が動かなくて、視線だけをなんとか向けて見ると――ちょうど話が終わった叶夜君と、目が合ってしまった。

 「っ!? あ、あのう……」

 「大丈夫。オレはもう、触れないから」

 途端、叶夜君の周りが、黒い光に包まれる。なにが起きたのかと見ていれば、光は、男性の体からも発せられていた。よく見れば、それは地面に広がっていた血も同様に光りを発していき――治まった時には、死体も血も、跡形もなく消えていた。
 い、今の、って……。
 困惑する思考。再びパニックになりそうな気持をなんとか静め、これ以上取り乱さないよう、気持ちをしっかり保とうと努めた。

 「帰りは、他のやつに頼んだから」

 しばらく待っててくれと言う叶夜君の言葉に、私は首を傾げた。
 わざわざ呼ばなくても……一緒に、帰ればいいんじゃないの?
 どうしてだろうと表情を曇らせれば、それを察したのか、叶夜君は私の方を向き、



 「触れるのは……怖いだろう?」



 一歩。たった一歩、こっちに近付いただけなのに――本能的に、体は叶夜君から逃げていた。

 「これで、他のやつを呼んだ理由が分かっただろう?」

 考えを見透かすような言葉。自分では大丈夫だと思っていても、実際にはまだ、恐怖が体を支配していた。

 「多分、ミヤビが来るだろう。だから日向さんは、ミヤビと一緒に帰ってくれ」

 「……すみません」

 「謝るのは俺の方だ。怖い思いさせて悪かったな。――ミヤビ、手出しはするなよ」

 叶夜君が立ち去ると、背後に人の気配を感じた。振り向こうとした途端、背中が温かくなるのを感じた。

 「ったく、オレだって簡単に手出ししないっての」

 ちょっと拗ねた様子の雅さんが、後ろから抱き付いていた。
 い、いつの間に来たんだろう。
 相変わらずの登場に、私は一瞬、恐怖を忘れていた。

 「オレが送るけど、問題ないよね?」

 「あ、はい……でも」

 また体が震えてしまって、なかなか治まる気配がない。
 不快な思いをさせるんじゃないかと心配していれば、

 「っ!? み、雅……さん?」

 突然ひょいっと、体を抱えられてしまった。

 「変な気とか遣わないの。色々あった時は考えない! ね?」

 ニコッとやわらかな笑みを向けられ、思わず、その言葉に頷いてしまった。
 そう、だよね……。
 色々考えても、仕方ないことだし。
 そう思ったら、なんだかどっと、疲れがきた気がする。
 でも、今寝てしまうのは怖い。
 また変なものが見えるんじゃないかと思うと、ぎゅっと、雅さんの服を掴んでいた。



 「怖いなら、そばについてていよっか?」



 窓から部屋に入ると、雅さんはそんなことを言った。

 「ってか、念のため家の周りにはいるけどね。美咲ちゃんはどーしたい?」

 「……いて、ほしいです」

 子どもみたいだってわかってるけど、今は、そばについててほしい。

 「なら、寝るまでこーしててあげる」

 ベッドに寝かせると、雅さんは右手を握り、私の頭を撫で始めた。
 いつもは恥ずかしいと思うこの状況も、今はとても落ち着く――。

 「今度――お礼、しますね」

 ここまでしてくれてるんだから、何かしたくなった。
 でも、さすがに血とかキスって言われたら困るから、

 「好きな食べ物とか、ありますか?」

 言われる前に、そう聞いていた。

 「ん~甘いもの、かな?」

 「だったら、今度作りますね」

 「ホント? じゃあ甘めでお願いねぇ~。あ、そうそう。オレも近々、学校に行く――?」

 徐々に、眠気が強くなっていく。
 話すのも億劫になり、私は目蓋を閉じていた。

 「疲れちゃったんだね。――ゆっくり休みな」

 その言葉を最後に、私の意識は、眠りへと落ちていった。
< 34 / 82 >

この作品をシェア

pagetop