久遠の花〜blood rose~雅ルート

 ?――――これ、って。
 どこかで嗅いだことのある、慣れた臭い。男性に向けている視線をゆっくりそらして見れば――口元に、液体のようなものが見えた。
 もし、かして……。
 それがなんであるのかを理解するのに、時間は要らなかった。だってそれは、いつも病院で見慣れているもので――血だと、すぐ認識した。

 「アンタ……いい匂いだね」

 なんとも艶のある声で、男性は語りかける。
 怪しく光る瞳は、淡い緑色を宿し。その中にはしっかりと、私の姿が映し出されていた。淡く、さらさらとした茶色の髪に、中性的な顔立ち。あまりにも綺麗なその容姿から、視線をそらすことができなかった。

 「あれ、意識あるんだ? へぇ~珍しい」

 まじまじと私を見つめ、更に近付いてくる男性。咄嗟に体を動かし、逃げようと足に力を込めた途端、

 「ふふっ、ムダだよ」

 男性の両手が、私を囲っていた。

 「そんな怖がらないでよ。ついでだから、ちょっと調べさせてね?」

 口調は明るいものの、男性の視線はとても冷たくて。射るような眼差しに、体は一層、震えを増していった。

 「大人しくしてれば……すぐ済むよ?」

 怪しい笑みを浮かべると、男性はあっと言う間に、私の体を引き寄せた。何が起きたのかと困惑していれば、今度は顎(あご)に手を添えられ。
 ?……な、なに、を。どうするのかと思えば、くいっと強制的に上を向かされる顔。そこには、間近に迫る男性の顔があった。

 「……、……っ」

 「ははっ、怖がる顔もいいね」

 距離を縮める男性。近付くたびに恐怖は増していき、それが最高潮になった瞬間――私はぎゅっと、硬く目を閉じた。

 「――その顔、そそるね」

 逃げ、たい。逃げたい、のに……!
 体は思うように動かず、ただこのままじっとするしかできないのかと思っていれば、

 「?――――泣いてる?」

 声がすると同時。思わず目を開けると、迫っていたはずの顔は離れ、どこか、戸惑うような雰囲気の男性と視線が交わった。
 自分の顔に触れてみると、頬に涙が伝っていたことを、今更ながら気付いた。

 「……変なの」

 ふっと、口元を緩める男性。それは今まで見た怪しいものではなく、とても、やわらかな表情だった。

 「なんか、気分削がれちゃったなぁ~。アンタ、耐性でも付いて――?」


 一瞬、男性の動きが止まる。どうしたのかと思い、体の緊張が少し解けた途端、

 「この匂い……そうか。近くにいるんだね?」

 わずかな隙間もないほど、さっきよりも更に密着されてしまった。

 「これなら話は早いね。アンタ、こっち側のヤツだろう?」

 言ってる意味がわからない。ただ男性を見つめていれば、知らないの? と、不思議がられてしまった。

 「アンタからは、人と違った匂いがするってこと」

 「!? 人じゃ……ない?」

 「そっ。でも、オレたちとは違うね。もしかしたらハーフって可能性があるけど」

 余計に頭が回らない……。私のことを人じゃないとかって。

 「悪いけど、これから付き合ってもらうよ」

 「っ、どう、して……」

 「だって、アンタからは匂いがするし。それに――ちょっと、味見もしたいし?」

 左耳に、男性の吐息がかけられる。思わず身をよじれば、男性は面白がってそのまま話す。

 「その反応からすると――男を知らない、ってとこか」

 「ひゃっ!?」

 「おっ、イイ反応~。まだやりたいけど、続きはあっ」

 「離れろ」

 射るような低い音声が、男性の声を遮る。
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