暁に消え逝く星
「レシア」
 いち早くリュケイネイアスが動く。
「止めんな、ケイ」
 肩に置かれた手を振り払って、アウレシアはずかずかと、彼女の前で言ってはならぬことを口にした皇子のそばまで進んでいった。
「やい、皇子様。あんたは一体何様のつもりさ。自分の身すら守れない腰ぬけが」
「腰抜けだと――」
 一瞬何を言われたのかわからぬように、皇子は眉根を寄せた。
「国が滅びた後に残った皇子に、どれほどの価値があるってのさ。独りじゃ何にもできずにあんたはそうやって威張り散らしてるけど、それだって、あんたにかしずいてくれるお人好しで善良な家臣様がいてくれるからなだけじゃないか。あたしはあんたらに雇われたが、それは、対等な取引をしたからだ。金のためだけに仕事をするただのならずものと一緒にすんな。皇子様だって、言っていいことと悪いことがあるんだよ。無礼にもほどがある。
 ケイ、あたしはこの仕事おりるよ。こんなわからず屋のおぼっちゃんのお守りなんてごめんだね」
 語気も荒く言い捨て、アウレシアは唖然としている護衛隊長と元宰相を無視し、皇子に背を向け、大股でその場を去ろうとする。
 その肩を、大きな手が優しくとめる。
「待て待て、レシア。今お前に抜けられると困る。お前はそんじょそこらの戦士より、はるかに腕がたつ。お前と同等の奴を今から見つけるのは無理だ」
「このおぼっちゃんにはそんなことすらわかんないのさ。あたしは自分の腕に十分すぎるくらい自信を持ってる。そこらの男になんざ剣の腕で負けたことすらないよ。
 でも、こいつは『たかが女』に、どれほどのことができるか可能性も考えちゃいないのさ。
 あたしは麗しの皇国が、男尊女卑の国とは知らなかったよ。そんな国の奴らは身の程を知ってくたばるがいいさ。これ以上、麗しの皇国の評判を下げないうちにね。まあ、内乱であらかた死んじまったろうが、さっさとくたばったほうが良かったってもんさ。腰抜けお坊ちゃんを守って死んでいくよりずっといい」
 初めて、人形のような皇子の頬に血の気が浮いた。
 拳を震わせ、怒気を露わにすると、相応の人間のようにようやく思えた。

「その言葉、取り消せっ!!」

 だが、年若い皇子の怒りなど、アウレシアには何ほどのことでもなかった。

「取り消してほしいのなら、剣であたしに勝つがいい。腰抜けじゃないと証明できるなら、この剣に誓って、あんたに従う」


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