暁に消え逝く星
物思いに囚われている女の前に、男の影が見えた。
顔を上げると、いつものすでに見慣れた顔がある。
「いよいよだ。心の準備をしておけ」
男の低い声に、女は黙って頷く。
不意に、男はじっと女を見つめた。
女は黙って男を見返した。
「最後にもう一度聞く。本当に、自分の手で殺すか? 俺が殺ってもいい。お前は――見ていろ。代わりに殺してやる」
女は首を横に振る。
「いいえ。これはあたしの復讐よ。ここまで来て、黙って皇子が死んでいくのを見るくらいなら、初めから砂漠など越えてこない。あたしが弟へできる、最後の務めよ。他の誰にも譲らない」
強い眼差しで、女は男を見据えた。
男は小さく息をついて、
「――わかった」
短く言った。
そして、腰につけていた短刀を鞘ごと引き抜く。
その短刀が、女に手渡される。
使い古された、短刀。
それだけ人を殺しているということなのか。
女は、その重みにわずかに息を飲む。
男は、そんな女に問う。
「どこを刺せば死ぬか、わかっているか?」
「――」
男は女の手を掴み、自分の胸に当てた。
ちょうど心臓の真上に。
「心臓を狙うつもりならやめておけ。お前の力では、骨にぶつかって止められる。心臓までたどりつかん。骨の間を狙って刺すなんてことはできないからな」
それから、身をかがめて首筋に触れさせる。
「首を狙え、鎖骨から指三本分上――ここが一番柔らかい。ここを刺せば、確実に殺れる。刺せないなら、切れ。できるだけ長く深く」
女は男の首筋を見つめた。
そして、もう一度頷いた。
「――今から皇子を捕らえに行く。迎えをやるからここで待っていろ」
二、三人の男衆を残して、男達は馬で駆け去っていった。