暁に消え逝く星
女は最初、この皇子が何を言っているのか理解できなかった。
なぜ、命乞いをしないのだ。
なぜ、自分に謝るのだ。
なぜ。
なぜ。
血まみれの短刀が皇子の傍らに転がっている。
なぜそれは、自分の持っている短刀ではないのだ。
自分の復讐だったのに。
皇子を殺して、ようやく楽になれると思っていたのに。
どんなかたちであれ、目の前で、皇子は死んでいこうとしているのに。
なぜ、この絶望から今も逃れることができないのだ。
「傲慢な皇族が、たかが平民に平伏して謝罪の言葉を吐くか。その言葉が偽りに聞こえるか、見極めろ。あんたは誇り高い女だ。正義を知っている女だ。
皇子を見ろ。皇子の中に、偽りが見えるか。彼は他の皇族とは違う。彼もまた、偽りを許さない。誇り高い、憐れみを知る男だ。自分の過ちを知り、悔い、償おうとしている男だ。
見極めろ。一時の復讐心に惑わされて人を殺めれば、あんたの大儀は地に堕ちるぞ。
真実は何処にある? 罪は何処に――誰にある!?
罪なき者を殺すのが、あんたの復讐か!?」
女戦士の叫びが、命乞いの卑しい響きを欠片も持たぬことはすでにわかっていた。
彼女は雇われた戦士だ。
しかも、金目当てだけで護衛を引き受けるごろつきとは違う。
そして、今己の血にまみれ、地べたに平伏し、不様に謝罪を繰り返すこの皇子でさえも、卑しさは欠片もなかった。
女は悟ってしまった。
この皇子を、殺すことはできない。
殺す言い訳が、すでにないのだと――