暁に消え逝く星

「恐れながら皇子様」
「許す」
「そうお動きになってはお召し物が皺になってしまいます」
 自分の処遇がかかっている時に、衣服の皺など見当違いも甚だしいが、ウルファンナは至極真面目に言っているのだ。
 彼女は公宮殿に来てから、イルグレンに正装しか許さなかった。
 今は亡き皇国の威信を損なうものは何一つ許さぬ勢いだ。
「ファンナ、全て売れと言っていたのに、どうして故国の服が残っているのだ」
「エギルディウス様のご配慮でございます。国が失われようとも、高貴な身である皇子が平民の衣服などで公式な場に出られることがあってはならぬと。賢明なご配慮であったと感服しております」
 暁の皇国に生まれた者には、そのような意識が特に高いことをイルグレンは旅の間に気づいた。
 かつての自分がそうであったように、〈暁の皇国〉はそれ自体が誇るべき象徴なのだ。
 神々の末裔と誇る皇族の住まう国。
 神の愛でし国。
 麗しの皇国。
 そこに生まれ生きることこそ、彼らの誇りだったのだ。
 一介の侍女でさえ、そのように思うなら、生粋の貴族や皇族などもっと気位の高く、傲慢な者であっても仕方あるまい。
 しかし、その中で最も賢明なエギルディウスさえ、皇国の崩壊は防ぐことはできなかった。
 変わらぬ明日が続くものと、本当に信じていたのだろうか。

 宰相だったのに――?



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