暁に消え逝く星
「はい。御国を出られて幸いでしたわね。ここに無事に来られたのですもの。あとはゆっくりなさいませ」
一つの国が滅びたのに、しかも、婚約者の国が内乱で滅んだというのに、公女はあくまでもそのことには興味はないようだ。
開口一番の呑気な物言いといい、国どころか大公宮の中から出たことのない公女にとっては、全ては他人事なのだろう。
「国が滅んでも、私は皇子なのですか?」
「ええ? イルグレン様は何か別のものにおなりなのですか?」
驚いたように、公女は問いかけてきた。
「いえ、そうではありません。ですが、もし、私が皇子ではない何も持たぬただの男であったのなら、貴女は私と結婚なさいますか」
「まあ。そのようなことをおっしゃられても、何と答えてよいかわかりません」
「なぜです?」
「貴方が貴方である以上、どうあっても、お変わりにはなれないからです」
公女の言葉は、イルグレンの胸を鋭く突いた。
「私はこの国の公女、貴方はかの暁の皇国の皇子。それ以外の何者になれるとお思いですの?」
小首を傾げて無邪気に問う公女に、イルグレンは一瞬の後、微笑んだ。
「聡明な公女殿下に、下らぬ戯言をお聞かせいたしましたこと、深くお詫び申し上げます」
公女はにこやかに謝罪を受け入れ、すぐにまた他愛のない話題を次から次へとまくし立てた。
イルグレンはただ黙ってそれを聞いて、相槌を打っていた。
公女が語る言葉は、すでに彼にとって小鳥の囀りと同じように心をうつようなものではなかった。
否、公女だけではない。
きっと、この宮の誰と話したとて、自分はもう心うたれることはないだろう。
そんなふうに思った。