愛しているので
ナマエ
「いい名前ね」

「え?」

 学校の課題プリントをせっせと解き始めた一樹が、私の言葉にキョトンとした顔を上げた。私はさっきまで教えていた中学一年生の英語のテキストを胸に抱えたまま、プリントの一番上を指差した。

「あたしの名前のこと言ってるの?」

 大きな黒目がちな瞳が真っ直ぐに質問してくる。

「そう」

 私は一樹の横に座った。土曜の午後の教務室は、部活動に参加していない生徒がポツポツと勉強しにくる。これが夕方になると、ここは18時からの授業に合わせて、人の行き来が激しくなるが、今はとても静かだ。早めに出勤して教室の掃除をしにきた私と一樹だけ。

「あたしの名前、男みたいじゃん!」

 私は頬杖をついた体勢で、ふてくされた一樹の顔を覗きこんだ。

「かわいい名前だよ。イツキって響きがいい」

「ほんとにぃ?」

 一樹は眉をへの字した。私は真顔で返した。

「ほんと」

「へん! 雪先生変なセンスだね。雪ってキレイな名前なのに」


―キレイナナマエダネ―


 あの人と同じことを言う一樹は、なんだかんだ言って名前を褒められてまんざらでもないらしく、鼻歌を歌いながら数学の問題を解き始めた。私はその様子をじっと見ていた。夏の気配を感じる日差しが一樹の顔を半分照らしていた。


―ヒトエノマブタガアノヒトにソックリ―


「あたしの名前ってね、お母さんとお父さんの名前を一文字ずつもじったんだって」

 一樹は公式を思い出すのがめんどくさいのか、名前の話にすぐ戻した。

「お父さんがねタイキで、お母さんがイチコなの」

「ふ~ん・・・」

「大きい樹木の樹で、お母さんのは古い奴の壱ね」

「うんうん」
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