としサバ
 「私はいいのよ。疲れているから、返って有難いぐらいよ。深ちゃん、今日は二人でゆっくり寝ましょうよ」


 女将は優しかった。


 それだけに、信彦は情けなかった。
 女将の方に、信彦は少しずつ体をずらしながら寝返った。


 「済まない」

 「いいのよ。気にしないで。私は何もしないで、こうしているのが好きなの」


 信彦は女将の胸に顔を埋めた。
 柔らかい感触が心地良い。


 女将は不思議な安らぎを感じていた。


 不安の無い。疲れの無い。背伸びの無い。駆け引きの無い。
 そこには、海のように果てしない安心感があった。


 信彦は女将の胸にじっとしているだけで、幸せだった。


 定年の悔しさも、株での敗北感も、男としての屈辱も、今ではどうでも良く、ただ最高の幸福感だけが存在していた。


 二人は、今まで味わった事のない深い深い眠りを朝まで貪っていた。







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