としサバ
 その日の夜、余り、気分が滅入るので、信彦は飲みに行く事にした。

 歩いて堂島地下街に行くと、信彦は前に行った事のある立ち飲み屋に入った。

 「冷をくれ」
 「へーい」

 「肴は」
 「湯豆腐でいい」

 信彦はコップに並々と注がれた冷を一気に飲み干した。

 「もういっぱい頼む」
 「へーい」

 豆腐をスプーンで口の中に入れると、信彦は2杯目の冷を零しながら口に流し込んだ。

 酔いが回って来る。

 信彦は自分のツキの無さを嘆き始めた。


 (どうして沙穂は自分のいない時に限って、料理を作り、何度も電話をして来るのか。
どうして、沙穂は女将が泊まった時に限って、家に訪ねてくるのか)


 ツキが無くなって来ると、偶然の巡り合わせまで、ツキが無くなるのだろうか。

 株でのツキの無さといい、自分は心底、ツキの無い男だと、信彦は思った。

 「冷だ」

 3杯目の冷を、信彦はゆっくりと飲んでいた。

 
 (女将とは、ただ一緒に酒を飲んだだけで何も無いのに、沙穂はどうしてあれほど騒ぐ必要があるのか)


 (女将は、あの時、俺が結婚の返事をためらっていると、どうして離婚の話が決着するまで、返事を待てなかったのか)


 ツキの無さを嘆くだけでなく、信彦は愚痴をこぼしたい心境だった。





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