としサバ
 昨日、寒くて玄関の鍵を掛けるのを忘れていたらしい。

 信彦は鍵をするのを忘れて良かったと、つくづく思った。

 「どうしたんだ。風邪か」
 「そうらしい」


 「鍵が開いていたから良かったが、閉まっていたら、俺は帰る所だったぞ。何だ、この温かさは。まるで、サウナみたいじゃないか。消すぞ」


 「消さないでくれ。昨日より増しだが、まだ少し寒いのだ」

 「じゃ、窓を開けて、少し換気してやる。このままじゃ、気持ちが悪くておれたもんじゃないよ」

 「頼む。そうしてくれ」

 「換気が終わったら閉めてやるから、安心しろ。お前、薬は飲んでいるのか」

 「生憎、切らしてして、飲んでないんだ」

 
 「飲まないと治らないぞ。俺が買って来てやる。ついでに、他にいる物があれば、買って来てやるぞ」

 「それでは、風邪薬と、野菜ジュースと、パンと、握り飯と、インスタント食品を適当に頼んでもいいかな」


 「いいとも。それ以外には、ないのか。遠慮するなよ」
 「それなら、果物も頼んでいいかな」


 「いいとも」

 「そこに財布があるだろう。それを使ってくれ」
 「わかった」


 榎本は換気を終えて窓を閉めると、買い物に出掛けた。


 (助かった。地獄に仏とはこの事だな)


 信彦はふとんを顔まで掛け、心の中で呟いた。




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