としサバ
 紺の背広に、紺と赤のレジメンタルストライプのネクタイ。

 信彦の勝負服だ。

 「言って来るぞ」
 「いってらっしゃい」

 妻の元気な声が、台所の方でした。
 信彦は力強く玄関の扉を押した。

 今にも泣き出しそうなどんよりとした空が、信彦を待ち受けていた。


 マザー食品は、レトルト食品やスパイスなどを扱う食品会社。本社は、地下鉄御堂筋線、本町駅のすぐ近くにあった。

 ビルが林立する本町界隈の中でも、マザー食品の本社ビルは、垢抜けたセンスで際立っていた。

 「この景色も今日で見納めか」

 信彦は周りの景観にピントを合わせ、頭の中のデジタルカメラでシャッターを切った。

 古臭いビルや,近代的なビル。
 顔馴染みの景観が、ひとつひとつ頭の中にプリントされてゆく。


 宣伝部はビルの4階にあった。

 自分のデスクだけ、机の上には何もないので、入り口からでも目立っている。

 昨日までに、自分の持ち物は整理を済ませていた。


 「お早う」
 「あ、次長お早うございます。いよいよ今日ですか」

 「お早う」
 「お早うございます。ついに来ましたね」

 「お早う」
 「お早うございます。今日でしたね、次長」


 部下に会うたびに、同じような受け答えが帰ってくる。





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