としサバ
 沙紀や女子社員たちの涙が、信彦にはたまらなく嬉しかった。

 (救われた)

 信彦は思った。


 「うっ、うっ、うっ・・・」


 人前で泣いた事のない信彦が、大勢の前で号泣し始めた。


 涙の堤防が、沙紀の涙を見て切れたようだ。
 嬉し涙と苦やし涙が混じり合って、本降りの涙となった。




 ポタポタッ。ポタポタッ。ポタポタッ。



 雫となって、涙が滴り落ちる。
 子供のころ以来、信彦はこんなに泣いた事はなかった。


 会社に入社して以来、信彦は仕事一筋に頑張って来た。
 家族を顧みず、子供を顧みず、自分自身を顧みないで。

 その結果が、60歳定年なのか。


 まだまだ、働ける。
 まだまだ、会社の役には立てる。
 まだまだ、若い者には負けない。

 気力だって。
 知力だって。
 経験だって。

 体力が少し位若者に劣ったって、総合力で如何様にもカバー出来るのではないか。

 それが、60歳を迎えるだけで、鼻を噛んだティシュのようにいとも簡単に捨て去られる。

 会社の高度成長を支えて来たのは、自分たちの世代ではなかったのか。

 今まで信彦は、会社としっかり結ばれていると思っていた。
 一枚岩だと思っていた。


 それが、使い捨てのティシュだとは。


 それに気付くのに、30数年掛かった自分が愚かであり、そんな自分自身が惨めだった。




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