としサバ
 「次長」
 「次長」
 「次長」


 女子社員たちはなおも泣き続けている。

 沙紀や女子社員たちの大粒の涙だけが、信彦にはせてもの餞だった。


 「ありがとう。ありがとう。君たちの事は、永遠に忘れない。みんな、長い間本当にお世話になりました」

 そう言って頭を深々と下げると、信彦は逃げるように宣伝部を後にした。

 階段を4階から1階まで一気に駆け下りると、ビルの自動扉を急ぎ足で出た。


 信彦は少し歩いてから振り返った。

 マザー食品の本社ビルが、冷たい美人のように、ツンと澄ましてそびえ立っている。

 信彦はビルを凝視してから、左手で軽く敬礼した。



 「あばよ」



 そう呟くと、信彦は早足で歩き始めた。そして、もう振り返る事はなかった。






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