としサバ
 面接の時間になった。

 女性の事務員が来て、信彦を応接室へと案内した。
 小さな応接室が4室並んでいる。一番奥が面接の部屋らしい。

 信彦はドアをノックした。

 「どうぞ」

 中から、面接員の声がした。信彦は、頭を一礼して中に入った。

 中には、簡易なテーブルに椅子が4脚あり、奥の2脚に二人の面接員が座っていた。

 右側の面接員が、履歴書を見ながら信彦に質問した。

 「この会社に応募した動機は何ですか」
 「管理人なら私にも出来ると思いまして」

 「本当にあなたにも出来ますか」
 「はい、そう思います」

 「主に清掃が仕事ですけど、あなたにも出来ますか」
 「清掃ですか」

 「共有部分の清掃、建物周りの清掃、それに植木の水遣り。住民から苦情がこない程度に、これらをこなして頂かないと困りますね」

 「やってみます」

 「あと管理人本来のこまごまとした仕事がありますが、それは合格すればお教えします。それから、給料ですが、時給800円。交通費は全額お支払いします」

 「ボーナスは出るのでしようか」
 「寸志が出ます。期待するほどの額ではありませんが」

 「わかりました」

 「失礼ですが、会社をお辞めになる前、給料はどの位貰っておられました」
 「年収で1千万位です」

 「時給800円ですから、年収に換算すると、大体150万円前後だと思いますが、それでも我慢出来ますか。あなた位給料を貰っておられれば、子会社や傍系会社に就職出来たのではありませんか」

 「そうした者もいました」
 「なぜ、あなたもそうされなかったのですか」

 「定年になった後も、会社にしがみ付きたくなかったのです」

 「後悔されますよ。きっと・・・。深見さんのように、以前良い立場で高給を貰っていた方も時折こられます。以前の考え方を全く捨て去った人かどうか。私たちはこの点を重視しているのです」

 「よくわかりました」
 「何か質問はありませんか」

 「別にありません」

 面接員は、左の面接員が頷くのを見た。

 「では、今日はこれで結構です。本当にご苦労様でした」
 「ありがとうございました。失礼します」


 信彦は頭を下げてから部屋を出た。

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