としサバ
 果穂の生活の事はある程度考えていたが、内面の感情までは、信彦には考えが及ばなかった。


 「あなたは自分の事しか考えていないのよ。妻の面子や、妻のプライドを考えた事はあるの」


 「済まない」


 「謝ればいいの。あなたは、現実から逃げているだけよ。確かに、60歳になってからの就職探しは、キツイと思うわ。でも、私、決して高望みはしないわよ」

 「わかっているよ」

 「もう一度、考え直してみて。私、勝彦や沙穂の考えも知りたいし。今度は子供たちを交えて4人で話し合いましょうよ」

 「うん、わかったよ」


 信彦は離婚届を出せないまま、果穂との険悪な話し合いを終えた。


 自分の思い通りに物事が運ばない。



 (自分にもプライドがあるように、妻にもプライドがある)



 離婚をする事は容易な事ではない、と信彦は考えていた。






< 67 / 285 >

この作品をシェア

pagetop