君を、僕は。
この冬が終わって、春が来れば、わたしは十歳になる。
春近さんと見た桜が、三度目の開花をする。
本を返して帰って行く春近さんを見送りながら、わたしは自分の手に息をかけた。
春近さんの背中が長い一本道を歩いていく。
その時わたしは、寂しく思った。
わたしはまだまだ子供で、やっぱり春近さんに甘えてばかりだった。
けれど、甘えていられないことも、
ずっと傍にいられないことも、知っていた。
春近さんは、遠くに行ってしまう。
春近さんは、春から、江田島の海軍兵学校にいかれる。
それは、とても誇らしいことで、
それは、とても立派なことだった。
もともと、春近さんが家に来るようになったのは、お父様に本を借りて、
海軍兵学校に行くための勉強をするためだった。
お父様も、春近さんのことをとても自慢に思っていらした。
海軍兵学校に行けるのは、とてもとても賢いひと。優秀なひと。
春近さんは間違いなくそうだった。
春近さんは、最近まで、それを教えてはくれなかった。
聞いたのは、冬に入る前だった。
春近さんは、わたしをとても心配していたけれど、わたしは、大丈夫。
春近さんに甘えてばかりいる幼子ではいたくなかった。
頑張って下さい。気丈に言えたのに、わたしは泣いてしまったから、結局春近さんに心配をかけてしまったのだけれど、
その言葉は強がりでも何でもないわたしの本心で、
春近さんはそれは分かってくれていた。