君を、僕は。
わたしは、ぼやけた視界の中で、思い出していた。
春近さんを、
夏を、
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今年の夏のこと。
その日は、春近さんの帰省の日だった。
『帰ってすぐに小春さんの家に寄らせていただきます。だから、小春さんは、家で待っていて下さい。くれぐれも日中歩いたりしないで下さいね』
その一文を読んでは、ため息を吐いた。
こう書かれてしまうと、出迎えにも行けない。
わたしは、薄暗くて、少しひんやりとした玄関に座りこんで、ガラス戸の向こうの、強い光に影が出来るのを待った。
暑くて、蝉の煩い日だった。
蝉の声を遠くに聞きながら、ボーと壁に頭をつく。
白のワンピースが、やけにその場に映えていた。壁に肩を寄せて三角座り。
おろした少し癖のある髪を手ぐしでといた時、
些細な、
こつ、こつ、
という石畳を歩く小さな足音がして、
白い軍服の影がガラス戸にうつった。
やわい体は反射的に立ち上がり、
草履を急いで履いて、からんからんと足音を大きくたてて玄関のガラス戸を開けた。
ガラガラと開いた扉。そして、すぐ目の前の真っ白な軍服に飛びついた。
硬い軍服の感触。手と頬に感じた。
本の香りと、少しの爽やかな匂い。
見上げれば、大きな黒目。
優しい笑顔。
「久しぶりです。小春さん」
わたしの大好きな、春近さんが今年も帰っていらしたのだった。