君を、僕は。
お台所、
黄色いエプロンをつけたお母様。
ギュッと、お母様のエプロンに抱きつくと、お茶を淹れていたお母様は少し笑って、
「あらあら、小春、桜とって来てくれた?」
と、優しく聞いてくれた。
「ううん、」
桜は、落ちてしまったの、
首を振ると、お母様はわたしの髪に触れて、桜の花びらを翳した。
桜の花びらが、髪についていたみたい。
「まあ可愛い。でもこれじゃあ足りないわね」
「拾って、きます」
「いつでもいいのよ?」
お母様は、優しくそう言って、「綺麗な色に淹れれたわ」と、湯気のたつ二つの湯呑に笑みを浮かべた。
そして、これはね、と話してくださった。
「お父様の教え子さんがいらしてるのよ、ほら見て、綺麗に淹れれたと思わない?」
うふふと笑うお母様。わたしは綺麗と答えてから、首を傾げた。
お父様の、教え子さん?
少し考えて、わたしは、あっ、と眉を下げた。
さっきのお兄さんだ。
「じゃあお茶を出してくるわね」
お母様は、綺麗な緑のお茶をお盆にのせて、上機嫌に行ってしまった。
そんなお母様を見送って、
わたしは、また、お庭に向かった。
お庭に、お兄さんは、もういなかった。
風のやんだ庭、桜だけがそこにはあった。
お兄さんがいなくて、少し、ホッとした。
そう思ったのだけれど、違った。
桜の木の下、幹のうえ、白いハンカチの上に、丁寧に置かれた十程の五弁の桜。
近付いてよく見てみたそのハンカチは、きっと、お兄さんのもの。
並べられた桜から、優しい香りがした。
お兄さんは、桜を、ひろってくれたんだ。
思うと、自然に笑みがこぼれて、わたしはそのハンカチに桜を包み込んで、ふんわり抱きしめた。
そうだ、この桜をお兄さんに。
思った時には体が動いていた。
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