君を、僕は。



考えていると、
空気が揺れた。
馨さんが、動いた。

わたしの思考なんて無視して、馨さんは、わたしの腕をとった。


細いわたしの両腕を、馨さんの男の人の手が掴む。
そしてわたしの泣き顔は見事馨さんに見られてしまった。


馨さんは、上半身を屈めて、狐さんみたいに目を細めて、でも口は笑ってなくて、


ぐずっと鼻をすすると、馨さんはゆっくりと顔を近づけ、目を伏せ、


「泣かないでってば」

「ん」


涙の跡をたどるように、ツと何かが頬を這った。

思わず声が上ずる。なに?何が触れているの?
思うのに近過ぎる馨さんの顔と、掴まれた両腕のせいで、身動きひとつ取れない。


生ぬるいそれが、わたしの、涙をすくっているのは、わかった。


馨さんは、わたしの頬を舐めてらっしゃる?

ハッとしたその瞬間わたしの体温はみるみるうちに上がっていった。

どきどきと、うるさい。
熱い、あの夏みたいに、熱い。


目を瞑ってわたしは耐えた。
馨さんの舌は丁寧にわたしの両頬を舐め、耳を、噛んだ。

噛まれた。


「っ」

ふるっと体が揺れる、声を我慢したって、甘い息が漏れそうなそれに、わたしは戸惑いながら瞳を開けた。



すると、馨さんは顔を離してわたしを見つめた。
切な気な、表情が、わたしを見つめる。



「好きになると、触れたくなるんだ。欲しくなるんだ。小春ちゃんだって、春近に触れたくなるだろ?」



馨さんは、苦い顔しながら言った。


すき。

触れたくなる。

すきだから、わたしは、春近さんに、触れたくなる。


馨さんも、そう、思って、くれているの?

黙って頷くと、馨さんは、少し笑ってわたしの体を包み込んだ。

馨さんは、わたしを抱き締めた。
はじめて。
とても、優しく。


知らなかった。馨さんも、本の香りがする、あと、苦いお茶の香りがした。


「大好きだ。ごめん、でももう触れないから、俺もさ、春近と約束してるんだよ」


馨さんはそう言って、わたしを離した。
馨さんは、笑っていた。



窓の外は、夕日が傾いていた。





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