君を、僕は。
「好きに見てくれて構わないからね、勉強君」
「ありがとうございます先生、変なあだ名で呼ばないでもらえますか」
扉の開いた書斎から、こえがした。
お父様と、あの、こえ。
右手にお兄さんさんにあげる桜を持って、わたしはそろりと書斎を覗いた。
ふわり、黄色が視線いっぱいに広がった。
「あら、小春じゃないの」
黄色は、お母様のエプロンだった。
空になったお盆を胸に抱いて、歩いていらしたお母様にぶつかったみたい。
わたしは少し目を回しながら一歩下がって鼻を抑えた。
はな、痛い。
「おお小春、こっちにおいで、勉強君を紹介しよう」
それからすぐに聞こえたのは、書斎の赤いソファに座るお父様の声だった。
本に囲まれた八畳ほどのその部屋、
真ん中にお父様お気に入りの赤いソファが置いてあって、物書きをする机も端に寄せてあった。
本の匂いのするその部屋は、いっぱいお父様の香り。
わたしは、ためらって、それから走ってソファに座るお父様の隣に擦り寄った。
そしてぎゅっとお父様に抱き付いて、お父様の右手に体を隠し、お父様を見上げる。
するとお父様は優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「勉強君、娘の小春だ。この通り人見知りが激しくてね、妻と私にしか甘えんのだが、まあよろしくしてやってくれ」
お父様の視界が、移された。
それはもちろん、お兄さんに。
お兄さんは、本棚を背に、背筋を伸ばしこちらを向いていた。
あの、大きな黒目と目が合う。
「お父様の生徒の宮野春近です。よろしく、小春さん。」
そしてお兄さんの表情は、柔らかく崩された。わたしは思わずお父様の腕に隠れる。