君を、僕は。
1
春近さんは、よく本を借りにいらっしゃった。
たんびにわたしは春近さんの手を握り、春近さんの笑顔を待つ。
その時間が好きだった。
季節は春から、初夏へと移り変わっていた。
わたしは、尋常小学校に通う毎日を送っていた。
内気なわたしは、友達に話しかけることが出来ずにいるけれど、クラスの皆は、そんなわたしにも、優しい。話しかけてくれる。
だから、学校は苦手だけれど、学校は楽しかった。
そして、その日学校で習ったことを春近さんに話すのが、また、嬉しかった。春近さんは、褒めてくださるから。
「今日は何を習ったんですか?」
青草にしとしとと降り注ぐ雨。
縁側に二人並んで座り、雨を見ながら春近さんは聞いた。
「だいにじゅうよんを習いました」
照る照る坊主を作る手を止めて、わたしは春近さんを見上げた。
「ああ、 たろーが、ともだちと、きそくを きめて、……だっけ?」
春近さんの言ったのにこくり頷き照る照る坊主に視線を戻す。布に針を刺しながらわたしは声をだした。
「 たろーが、ともだちと、きそくを きめて、あそんで ゐます。
きそくは、たいせつに まもらねば なりません。」
春近さんは、言うわたしの頭を撫でてくださった。
「勉強は好きですか?小春さん」
「はい、とても」
わたしはまた、春近さんを見た。
春近さんは、優しく微笑んでいた。
だからわたしも笑って、春近さんの横腹にしがみついた。
香る、少し湿った、爽やかな匂い。
春近さんのわたしよりも大きな体、胸板に手を沿わせ、わたしは春近さんを見上げた。
春近さんは、困ったように笑いながら、ほんとに君は、と声を漏らす。
「可愛いんだから、」
「わわっ」
春近さんは、わたしを腕の中に取り込んで、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
きついです、きついです、破顔させながら言うけれど、春近さんは当分離してはくれなかった。
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