君を、僕は。
二十分ほど歩いて、わたしも、春近さんもはぁっとため息を吐いた。
やっと学校についた。
傘を折りたたんで校舎に入る。
雨のせいもあって校舎の中は随分薄暗かった。蛍光灯が、なんだか怖い。
春近さんの、湿った袴にしがみついた。
「小春さん?」
心配そうな黒目が覗く。
「怖いんですか?」
春近さんはしゃがみ込んでわたしの頬を撫でた。
頷けば、春近さんはわたしを抱き上げて、傘を三本器用に持ってくれる。
わたしは落ちないように、春近さんの首に抱き付いた。
「あれ?春近?」
目をぱちくり。
春近さんと同じ年くらいの男のひとが、春近さんの背中に向かって目を丸めて指差していた。
つり目で、狐さんみたいな、
思っていると、春近さんが振り返ったので、わたしの視界はガラリと変わった。今見えるのは事務室とかかれた扉だけ。
「小野、なに?」
隣で聞こえた春近さんの声は、聞いたことのない、冷たい声だった。
「いや、なに、ていうか、誰その子」
「柳先生の娘さんだよ」
春近さん、とおりたくて声をかけると、春近さんは丁寧にわたしを地面におろしてくれた。
男のひとは食い入るようにわたしを見ていた。
ひゃ、っと春近さんの後ろに隠れる。
「柳先生の娘?な、なんで春近が?」
「なんでもいいだろ」
「よくない!冬将軍のお前にこんな可愛い子が懐くはずないだろ!」
「黙って、うるさい、小春さんが怯えてるだろ」
なんだか目が回った。
春近さんが、春近さんなんだけど、知らなくて、それに、あの、
「小春ちゃんって言うんだあ、可愛いなぁ、そんな冷たい冬将軍から離れて俺のとこおいでー」
いつの間に近付いたのか、男のひとの手が頬に触れた。
どうしよう
どうしよう
「ちょっと、小春さん怖がってるから。」
「なっ、ごめん小春ちゃん、そんな怖がんないで」
気付くと、わたしは春近さんの着物をきつく握りしめていた。
パッと離して、男のひとを恐る恐る見上げる。
狐さん、狐さん、
あっ、と男のひとは目を細めて笑った。
「気持ち悪いよその笑い方」
春近さんが言ったのに男のひとはムッと顔をしかめて、ため息を吐いてから春近さんよりも少しごつごつした手のひらをわたしの前に差し出した。
「宮野春近と同じクラスの小野馨です。どーぞよろしく」
ニッ、と、やっぱり目を細めて狐さんみたいに笑う男のひと。
わたしは少し躊躇って、強く瞬き、それからゆっくり小野さんの人差し指に手をついた。