強引な次期社長の熱烈プロポーズ
(今日の約束はキャンセルかぁ···)

柳瀬が休憩に行ったあと、ボーッとしながら気が抜けていた。
すごく残念。だけど理由が理由だし、我が儘も言えない。
百合香は仕方ない、と言い聞かせて気分を切り替える。


そんな暗い気持ちでカウンターに足を踏み入れた時に声を掛けられた。

「すみません」
「はい?あ、いらっしゃいませ!」

顔を上げて振り向くと、薄紫の洋服にブローチを胸元に輝かせた60代後半の女性が立っていた。
白いつばの広い帽子を脱ぐと白髪で優しい顔が見えた。

「ペンを探しているんですけど···」

ゆったりとした話し方でその老婆はにっこりと百合香に笑った。
百合香もそれに応えるようににっこりと笑顔で接客を始めた。

「どのようなペンをお探しでしょうか」
「書きやすいものを…」

年配には多い、といえば失礼かもしれないが、抽象的な話が多い。
漠然とし過ぎた注文は、なかなかお客様の希望が定まらずに時間を要する。

この女性の『書きやすいペン』もそれに類似した発言だった。
書きやすさの感じ方は人それぞれなのだから。
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