強引な次期社長の熱烈プロポーズ
もう1歩、柳瀬は部屋に足を踏み入れた。

すると、死角になっていた自分の黒いスーツケースの奥に赤いスーツケースが並んでいた。

「・・・阿部さん。どういうこと?」
「部屋が、手違いでひとつだけになったと言われました」

柳瀬はわかっている。そんなことは嘘だ、と。そして美雪もまた嘘だ、と感づかれているのは承知の上だった。

「もしそうだったなら、チェックインの時に相談できただろう?」
「・・・別に構わないと思ったんです」
「君は、だろ?俺はいいとは言わない」

そう言って柳瀬が自分のスーツケースを手に取り部屋を出て行こうとした時だった。


「先程もいいましたけど、ここは人気があるんです」
「だから?」
「新しく一室取るのは出来ませんよ」
「だったら他へ行くよ」
「ここは山の上です。こんな深夜は緊急以外タクシーを手配してくれませんよ」


無理を言えばそんなのどうとでもなるだろう。
しかしこんな時間にスーツ姿でお酒の匂いをさせてる自分はタクシーにも断られそうだ。

「柳瀬さん」

そう言って美雪は柳瀬の背中に抱きついた。

< 314 / 610 >

この作品をシェア

pagetop