アジアン・プリンス
自由を奪われたことに彼女の中で恐怖が甦った。

同時に、パニックに襲われる。懸命に手を伸ばし、自分を抱きしめた腕を掴もうともがく。

急に、生き延びたい、助かりたいという気持ちが湧き上がってきた。


死にたくない……もう1度レイに逢いたい。まだ、1度も聞いてはいないのだ、「愛している」の言葉を。

ただ1度でいい。レイの口から聞いてから死にたい。


その時、海の青よりもっと深い青がティナの目の前に近づいた。

そして――いつかのプールと同じように唇が重なり、彼女は全身から力が抜けていくのを感じる。


(ああ、神様が願いを叶えてくださったんだわ)


ティナはぼんやりとした頭で考えていた。


レイの腕がティナの脇の下に回り体を支える。そのまま、彼は力強く水を蹴った。その姿はまるで魚のようだ。


直後、揺らめく光がティナの視界に入った。それは太陽の光に思える。見る間に、海面が近くなり……。

いや、ひょっとしたらこのレイは幻で、光の向こうは天国なのかもしれない。

ティナはそんな途方もないことまで思い浮かべていた。


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