アジアン・プリンス
ティナは必死で呼吸を整え、言葉にする。


「心配したのよ。このまま浮かんで来なかったらどうしよう、って。すごく心配したわ」


言葉にすると、あらためて恐怖がこみ上げてきた。ティナの瞳からハラハラと涙がこぼれ落ちる。


8年前、泣くだけ泣いて、涙は枯れ果てたと思っていたのに……。

レイの身を案じて、彼を想う切なさに、ティナは涙が止まらなくなった。


(私――レイに恋をしたんだわ。どうしよう、誰のことも愛さないと思っていたのに。こともあろうに、一国のプリンスに、しかも婚約者のいる男性を好きになるなんて)


ティナは涙に濡れた瞳で彼を見上げた。

視線が絡んだとき、レイの瞳にも熱いものが宿っていることに気づく。

ふたりの距離はすぐに縮まりそうだった。もう1度、唇を重ねさえすれば。ふたりの間に存在するわずかな布地など、深い繋がりを阻むことはできなくなるだろう。


だが――その直後、レイは軽く頭を振り、ティナを抱いたまま端まで泳いた。そして、プールサイドに彼女を押し上げたのである。


(もう1度キスして欲しい……さっきと同じ、熱いキスを)


ティナはそんな思いを籠めて、レイの腕を掴んだまま離さずにいた。


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