佳き日に
[4]
車が突っ込んでくる。
やられた、と思った時、エナカは動けなかった。
反射的に目をつぶる。
死ぬ、と思った。
だが、次に衝撃が来たのは、頭だった。
殴られた。
そう認識したときにはもう意識を手放す直前だった。
相手の顔を見ることも出来なかった。
遠のく意識と同時に、何故か昔の記憶まで蘇ってきた。
「何聞いてるの?」
夏の暑さがまだ続いていた九月。
普段本を読んでいるエナカが音楽を聞いていたのが不思議だったのだろう。
雨が聞いてきたのだ。
その頃にはもうエナカと雨とのつきあいは一年と三ヶ月程経っていたので、彼が学校についてよく知らないことは分かっていた。
「今度学校の文化祭で歌う曲。」
「文化祭?」
「発表会みたいなもの。」
「へぇ。」
雨は学校には行かなかったようだ。
エナカが学校の行事について話すと初めはよく分からないような顔をする。
詳しく話していくと、興味しんしんといった感じに身を乗り出してくる。
雨は音楽が流れ続けるラジカセを見つめていた。
「何て曲?」
「この星にうまれて。」
比較的有名な曲だと思うのだが、雨は知らなかったようだ。
ラジカセからは曲のサビ部分が流れてきていた。
この曲は小学生のときに何回も歌ったのでもう聞き慣れている。
その頃は歌詞の意味など考えずにただ歌っていたが、今改めて聞くといい曲だなぁ、と思える。
「いい曲だね。」
エナカと同じことを雨も考えていたようだ。
「このさ、何かを探してこの星に生まれた、ってところ、好きだ。」
「ふーん。」
雨はこの曲を、けっこう気に入ったようだった。
小学校でも歌った曲を中学生になってもまた歌うのはやだな、と思っていたエナカだったが、雨が気に入ったのならいいか、と思えた。