佳き日に
それもそうだろう。
普段からあまり客足のない古本屋で暇なはずなのに何故娘の学校行事に来ないのか。
というか、普段も古本屋はエナカしかいないような状態だ。
それで大丈夫なのか、という感じだがまぁなんとかなっているのだ。
幸いにも万引きしていくような人はこの近所にはいない。
「古本屋って忙しいの?」
雨の言葉にエナカはふるふると首を横に振る。
今まで幼稚園から仲がいい友達にも、大好きな先生にも話さなかったことだ。
何故か、雨には話しても大丈夫だろうと思えた。
エナカの学校生活には関係ない人だからか。
雨が古本屋に来なくなれば、友達というくくりにも入らない人だから話せたのか。
とりあえず、大事な話は程よく距離が遠い人に話すのが一番楽なのだ。
「うちの母親、看護婦なの。ここらへんで一番大きい病院の。」
「この古本屋はお父さんの?」
「そう。でも、この店がなくなっても、お母さんの稼ぎと貯金でやっていけるみたい。」
実際、父が古本屋はもうやめるか、と言っていたのを聞いた。
それにエナカが大反対したから今も細々と古本屋はやっているのだ。
エナカにとってこの古本屋は放課後の唯一の居場所だった。
古い紙の匂いも、長年の疲れきった本の雰囲気も失くしたくなかった。
「私、弟いるんだよね。」
「へぇ。」
「で、幼稚園の頃だったかな?小学生だったかも。とりあえず、何かの検査で引っかかって、よく調べてみたら血友病だって判断されたの。」
弟の結果を聞いたときの家はただただ騒々しかった。
「しかも重症?よくわからないけど、かなりの頻度で入院してる。」
弟のことは好きだ。
たまに家に帰ってくると、嬉しそうにエナカの隣に座り、本を読む。
「間接が出血したとかで、ここ数ヶ月ずっと帰ってきてないんだけどね。私の文化祭に間に合うように手術の日程入れてるらしいけど、多分、無理なんだよね。」
「なんで?」
「弟は、吐いちゃうの。」