佳き日に
「簡単に言えば、今琥珀さんは命を狙われています。メモリーズ、という言葉をご存知ですか?」
閏の問いに琥珀は首をふるふると横に振る。
今、何でもないことのように閏という青年が言ったから流してしまったが、琥珀はかなり危険な立場にいるようだ。
内心では心臓がうるさく鳴っていたが、この車内はパニックになって大騒ぎできるような雰囲気じゃない。
むしろ騒いだら殺される、というような雰囲気。
琥珀はゴクリと唾を飲む。
「メモリーズというのは、そうですね、人間よりも身体能力が高いんです。あと記憶も盗めます。」
「記憶?」
琥珀は思わず聞き返してしまった。
「記憶って言っても前の日の夕食の献立だとか、昨日服を着たときのことだとかしょぼいのばっかだし。」
助手席の栗色の髪の子が話にまざってきた。
つまらなそうな声だ。
琥珀の心にもなんだぁ、という思いがあった。
記憶を盗めるというのだから、どこかの推理ドラマやファンタジーの主人公がもつようなすごい能力を期待していたのに。
「とりあえず、人間じゃないんです。見た目は人間そのものなんですけどね。」
僕と琴、雪先輩もメモリーズなんです、と閏は付け加えた。
栗色の髪の方は琴という名前だったのか。
琴って確か楽器だったよな、と琥珀は記憶を探る。
でてきたのは古典の教科書で見た琵琶だったが。
「なんでそんなことまで言うんだし。」
「じゃあどこまで言えばいいんですか。」
琴がムッとしたように言えば閏もムッとしたように言い返す。
その少しくだけた応酬に、なんだこの二人仲いいんだ、と琥珀は思った。