佳き日に
「でも雨はなかなか記憶を盗まないはずだぞ。あいつは裏で生きている奴らとも滅多に関わらないし、一般人に関わるなんてまずないだろ。」
「会ったことあるんですか?」
「あぁ、一回会った。」
「へ!?殺されなかったんですか!?」
雨はメモリーズでも最強と聞いていた茜はわけがわからなくなった。
雨に会ったというのに生きているせんべいは、実は雨に匹敵するくらい強いのだろうか。
運転する上司の顔を見つめる。
「殺されなかった。俺が雨は殺せないなって思ってたら、その戦意のなさが伝わったのか雨も普通に読書してたしな。」
「はぁ。」
「自分に危険が及ばない限りあいつは殺しはしないだろうよ。」
せんべいの言葉に茜は暫し考えを巡らせる。
両親は、雨を殺そうとしたのだろうか。
だが、両親の生活は弟の看病で手いっぱいで、とてもメモリーズに関わる暇があったとは思えない。
やっぱりただの事故だったのか。
「もしかしたらお前、雨と友達だったんじゃねーの?」
「そんなまさか。」
軽い冗談を言ったつもりだったのだろう、せんべいは。
だが、それは茜が心のどこかで思っていたことだった。
メモリーズ、雨を知るきっかけとなったあのメモ。
文化祭に行く、と雨は書いていた。
つまり、茜は雨に文化祭に来ないかと誘ったのだろう。
じゃなきゃ雨があんな内容のメモを残すはずがない。
もしも、茜と雨が友達だったならば、家族の事故死と茜の記憶が盗まれたことはどこでどう繋がるのだろう。
次々と流れていく街の風景を眺めながら茜は考える。
それから五分程経ったとき、「敬語やめねぇか」と言ったせんべいに茜は曖昧に笑った。
変な上司だと思った。