佳き日に
鉛丹は逆らうことはせず言われた通りに洗面所に行こうとする。
ベッドから降りたとき、足が少し痛んだ。
琥珀のヒールで踏まれたところはまだ完治していない。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや、今なんか俺の足が透けた気がして。」
「………。」
「いや本当だっての!なんだよその目!」
「ホラー映画の見過ぎでしょう。」
呆れたように桔梗はそう言うと着替え始めた。
鉛丹は自分の手や足をまじまじと見つめる。
透けるというよりは、存在感がなくなったというような。
原因不明の謎の現象に鉛丹は首を傾げる。
ふと外からの光に窓の方を見ると、またカラスがカァと鳴いた。
そのカラスの鳴き声が頭の中で反響する。
あぁ、そういうことか。
すとん、と鉛丹の心に落ちてきた予感。
思っていたよりも落ち着いている自分に驚いた。
穏やかだ。
想像していたよりもずっとずっと。
ふいに、泡となって消えていったお姫様の童話を思い出す。
彼女もこんな気持ちだったのだろうか。