佳き日に
「菘さん。」
どこか覚束ない話し方で桔梗に名前を呼ばれた。
口調に反してその茶色いビー玉のような目は揺れてはおらず、ただ前を見ていた。
「なんで雪と閏と琴が柳琥珀さんと一緒にいるのかは分かりません。でも、邪魔でしかない彼女といるのには、何か理由があると思うんです。」
だからその理由が知りたいんだってば、とツッコミたい気持ちを菘は抑えた。
今日の桔梗はなんだかおかしい。
鉛丹もそうだが。
「弱点だと、思うんです。」
「は?」
「理由は分かりませんが、柳琥珀さんがいることは彼らにとって重要なはずです。」
桔梗はそこまで言うと一旦間を挟みおもむろに取り出したペットボトルの玄米茶をぐいっと飲んだ。
飲み方はやけに豪快だ。
酔っ払いか、と菘は呆れながら思った。
それよりも気になったのは桔梗が言っていることだ。
菘の予想が正しければ、彼はとんでもない方法で雪たちに喧嘩を売るつもりだろう。
「重要で、きっと大切だから彼女が弱点なはずです。」
窓の外でカァ、とカラスが鳴いた。
不吉だな、と菘は思ったが、桔梗は聞こえていないのか話を続ける。
「彼女がいなくなれば、雪たちはきっと揺れますよ。」
本気だ、と菘は思った。
茶色いビー玉のような目から、何があっても生き延びてやるという意志と、その先を見据えた光が見えた。