佳き日に





遅い。
気付くのが遅い。
もう何もかも間に合わない。

全部終わってしまった。
終わらせてしまったんだ、私が。

実感すると茜は本格的に声をあげ泣きじゃくった。
気持ちのままに雨の遺体を抱きしめる。

まだ暖かいことが、余計につらかった。
全部、思い出した。
あの、最後の日の雨の言葉も。



「死なないでくれ。生きていてほしい。」


ビルの屋上で、泣きそうな顔でそう言った雨。
蘇った記憶は色褪せてはおらず、鮮やかなままだ。


「お前が幸せならそれでいいんだ。」


笑う必要なんてないのに、壊れそうな笑みを浮かべる雨。

雨もいっぱいいっぱいだったのだろう、あの時も。
一粒だけ、キラリと光る雫が雨の目から。


「いや、嘘だ。」

雨が口元を歪めてそう続けた。

震える唇で、泣きそうな目で、精一杯の優しさで。


「本当は、俺が幸せにしたいんだ。」





< 446 / 627 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop