佳き日に





キキィッと不快な音をたて琥珀が道を曲がり自転車を投げ出した。
どこかの建物に入っていく。
鉛丹も全力で後を追い建物の看板を見やる。


「……健康ランド?」

温泉!
マッサージ!
最高のリラックスタイム24時間営業!

そう書いてある。
嫌な予感がして、鉛丹は慌てて走る。

健康ランドの中は早朝だからかガラガラだった。
そして、琥珀がある区画に走りこんでいくのが見えた。
追わなくちゃいけない。

だが、鉛丹は足を止めてしまった。


「……マジかよ。」


目の前には、赤紫色ののれんがかけられている。
そこにデカデカと白い文字で表示されているのは、「女湯」の二文字。

これは一体なんの試練なのだろう。
早朝で人は一人もいないからとか、そーゆー問題じゃない。
恥ずかしいとか、それもあるけど、ここで入ったら男の尊厳的なものを失う気がする。

だが、こうして立ち止まっている間にも琥珀は裏口から逃げてしまっているかもしれない。
見失ったとしても桔梗の発信機があれば見つけられるだろうが、それはなんか嫌だ。

一度ならず二度までもただの人間を見失うなんて。

一応鉛丹にだって十年以上殺し屋としてやってきたプライドがある。
ターゲットを見失うなんて、あってはいけない。

男の尊厳なんて捨ててやる。
女湯だろうがどこであろうが、追いかけてみせる。

鉛丹がそう思い女湯へ入った瞬間、ピンポンパンポーンと上からアナウンスが聞こえた。






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