佳き日に



「俺はどちらかというと雨の方が好きだよ。」

「どうして?」

「この湿ったような匂いが好きなんだ。」

「ふーん。」

「あと、自分の名前だからかな。」

「雨、っていう名前なの?」

「うん。」

「めずらしい名前だね。」

「そうかな。」

「誰かに言われたことはない?」

「うーん。もう何年も人に名前呼ばれたことがないからなぁ・・・」

その時のエナカは雨のその言葉をただ、家族がいないんだなー、くらいにしか捉えていなかった。
雨がエナカにあの日話しかけてきたのは本当にたまたま、偶然だったのだろう。

その偶然から、雨を好きになっていった。

雨はエナカよりも5歳年上で、落ち着いていて、でもどこか寂しげで。
その危うさに惹かれたのだろうか。


「私死ぬなら海で死にたい。」

「死んだら海に骨を撒いてもらうのじゃダメなの?」

「ダメ。海底に沈まないじゃん骨じゃ。」

「君は海の中でも特に海底が好きなんだね。」

放課後自分の家の店で本を読んでいるといつも雨がやってきてそんなどうでもいい話をした。


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