佳き日に





今この場に残されたのはエナカと琥珀だけ。
仄かに甘いホットミルクを啜る。

パラパラとエナカが雨の日記を捲る音がする。

苦にならない沈黙だった。


「雨はさ、」


唐突に沈黙を破ったエナカの言葉や琥珀は顔を上げる。


「こんなに悩んで、私を救ってくれたんだよね。」

確認するようにエナカはそう呟く。
琥珀は黙って聞いていた。
今はそうすることが一番いいと思えたから。


「でもね、私が生き延びても世界は良くも悪くもならない、何も変わらなかった。」


当たり前だけどね、とエナカは悲しそうに笑った。


「雨を殺したことを後悔して、いっそ私が死ねばよかったって思いつめてた時期もあった。」


生き延びても私には何もできない。
何も変えられない。

雨はなんのために死んだのか。

エナカは淡々と呟いていたが、その声音は微かに苦しみが滲んでいた。





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