佳き日に
佳き日に
[2]
初めて嗅ぐ匂いがする。
畳とホコリとが混ざったような他人の匂い。
不思議と不快感はなく、汚い感じもしなかった。
自分は今どんな状況なのか。
霞がかったような頭で、瞼を上に持ち上げる。
「あ、起きた。大丈夫?」
桔梗の目に飛びこんできたのは知らない女性の顔だった。
一瞬知り合いかとも疑ったが、この女性は知らない。
四十代後半くらいだろうか。
「タイミング惜しかったね。ついさっき雪たち出発しちゃったよ。」
雪。
彼女が言う雪とは、琴と琥珀と閏と一緒にいる雪のことでいいのだろうか。
桔梗がボンヤリと自分の隣に座る女性を見つめていると、どこかで何かがガチャンと壊れるような音がした。
「エナカさんこれどうやって入るんですかー!?」
追従するように男の声も聞こえた。
声の主はいたって真剣なのだろうが、その声はどこか滑稽さを感じさせる。
「白川、植木鉢壊さないでよ。」
女は笑いながらそう言って立ち上がった。
男を迎えに行くようだ。
女の後ろ姿を目で追いながら、ここはどこだろうと桔梗は思った。
エナカというのだろう先程の女についても名前しか知らない。
ここは彼女の家なのだろうか。
ふいと桔梗は顔を傾ける。
人が住む家独特のお日様のような匂いが鼻をくすぐる。
兄さんは今どこにいるのだろう。
なんとはなしに桔梗はそう思った。