佳き日に





本当に、あの後何が起こったのだろう。
しっかりと思い出せるのは敵から逃げるため琴と一緒に車に乗ったところまで。

後はなんだか曖昧だ。

琥珀や兄と話した気もするが、確証は持てない。


そういえば、琥珀を人質にする作戦はどうなったのだろう。
菘がやってくれたのか。

桔梗はポケットに手を突っ込む。
携帯があれば何とかなるだろう。

そう思ってポケットに手を突っ込んだのだが、手に当たったのはいつもと違う感触のものだった。
なんだろう。

引っ張り出してみる。


「あれ?」


出てきたのは、鉛丹の携帯だった。

なんで兄さんのが、そう思いながら桔梗はカチカチと携帯をいじる。
何か手がかりはないかと思った。


「ん?」


二度目の疑問符。

桔梗は首を傾げる。

ないのだ。
何も。

アドレス帳も、メールも、着信履歴も、全て真っ白になっていた。
これは新しい携帯なのかと思ったが、表面には見覚えのある傷が付いている。

三ヶ月程前に鉛丹がトイレで携帯を落とした時についた傷だ。
その後三日程ずっと文句を言っていたのでよく覚えている。

しかし、今この携帯には鉛丹が使っていた形跡は一つも残されていない。

カメラの画像フォルダも0。
ムービーも0。

カチカチとボタンを押していく。

すると、今まで0しかなかったのに1の表示が出てきた。
桔梗は目を見張る。


「レコーダー?」


アドレス帳も、メールボックスも、全て消えていた鉛丹の携帯。
一つだけ、データが残されていた。

数日前の、ボイスレコーダーのデータ。


桔梗は唾を飲み再生ボタンを押す。



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