佳き日に






『俺が死んでも、きっと桔梗は覚えててくれるだろうし、たまには思い出してくれるはずだ。そーゆー奴がいるんだから、俺の人生はけっこう幸せな方だったんだよ。幸せなんてそんなもんだろ。』


話し声が聞こえなくなり、ザーザー、とまた雑音が聞こえてきた。

桔梗は呆然として何も考えることができなかった。

ガサガサと少し大きな音が聞こえ、また鉛丹の声が流れてくる。


『あー、あー、聞こえてるか?』



いつもとは違うように聞こえる鉛丹の声。
機械を通しているからか。


『つまりこーゆーことだからさ。今まで騙すようなことして悪かったな。』


のんきな鉛丹の声にイラっとする。
謝るべきはそこじゃないでしょう、と。

鉛丹本人が不在でありながらもツッコみたくなった。
鉛丹と桔梗が本当の兄弟じゃなかったことは大して気にしていない。
血が繋がっていようがいまいが、今までの事実は変わらないのだから。
一緒に過ごした十数年間が消えてしまうわけではない。

重要なのはどうしてそのことを直接言ってくれなかったのかということ。
こんな風に形見のように残して。
桔梗に責めたてる術も与えずに。





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