佳き日に
「何ていう花なんだろうな。」
その呟きに、閏は雪の横顔を覗き見た。
名残惜しそうに花束を見つめている。
雪は琥珀にもう会うつもりはないのだろう。
それはごく普通のことで、今までが特異だっただけだ。
人間とメモリーズは一緒にいないほうがお互いに都合がいい。
それってけっこう悲しいことだな、と閏は思った。
無意識に、口を開いていた。
「琥珀さんが、思い出すかも。」
「は?」
雪がポカンとした表情で閏を見る。
「奇跡が起きて、雪先輩が生きているうちに琥珀さんが全部思い出すことがあるかもしれません。」
「いや、ないだろ。」
「だから奇跡なんですよ。」
雪が寂しげに笑ったのが分かった。
「願ったって、そうそう起こるものじゃないぞ、それは。」
「でもやっぱり、奇跡を見てみたいんです。」
閏は手の中にある花束を見つめる。
これは、祈りにも似た気持ちかもしれない。
何億人の人々が神様に祈らずにはいられないように。
無意味と分かっていても、奇跡を願ってしまうのだろう。
「何も出来ないことは分かっていますが、それでも、願うだけで何かが変わると信じていたいんです。」
奇跡を。
一度でいいから、と。
冷たい風が吹く。
どこからか選挙カーの作ったような明るい声が聞こえてきた。
“神様、最後に奇跡を下さい”