佳き日に
「雨さんを殺してしまった後、辛くなかったですか?」
桔梗はポツリとエナカにそう問うた。
「辛かったよ、すごく。」
「ですよね。」
桔梗の瞳に浮かんだ悲しみを見て、もしかしたらこの子も大切な人を亡くしたのかもしれない、と思った。
多分、先ほど話題にのぼった兄を、だろう。
「死なないほうがいいよ。」
エナカの言葉に、桔梗が顔を上げる。
その目にうっすらと涙が溜まっていた。
「辛くても苦しくても生きていれば、よかったって思える日が来るから。」
エナカはそう言いながら、琥珀にもこんなこと言ったな、と思った。
人が一人生きようが死のうが、世界はたいして変わらない。
戦争は終わらないし、貧しい人々が救われるわけでもない。
それでも、生きていかなければ喜びは味わえない。
いつか、きっと、笑える日が来る。
机に突っ伏して泣き始めた桔梗の頭をエナカはそっと撫でた。
“何も変わらないけれども、いつか、良かったって思える日がくるから”