結婚したいから!
お盆休みに入る直前の空港は、すでに混み始めてる。
祥くんのように、1日早く休暇に入る人も多いんだろう。
いつもよりリラックスした様子の祥くんは、いつも着ないような、ダメージジーンズに、褪せたピンク色のTシャツを合わせた装い。
珍しいなぁ、ってしみじみ見てたら。馬鹿にしたような顔で、祥くんがちょっとだけこっちを振り返った。
「迷子になるなよ」
一応、わたしもお盆とお正月は、できるだけ実家に帰るようにしてるから、飛行機の乗り方くらい、知ってる。つまり、どこで手続きをして、どのゲートを通って、どの搭乗口に行けばいいのかってことくらい、見るものを見れば、だいたいはわかる。
「なるはずないし!」って言い返してやろうと思って、…やめた。
「うん。わかった」
いつもはモノトーンでまとめた大人っぽい格好の、祥くんが、トーンダウンしてるとはいえ、男の人が着ると目立つ、ピンク色の服を着てる理由に気が付いたから。
「迷子になるなよ」って言葉は、わたしをからかってるようにも聞こえるけど、わたしが彼を見失って迷わないように、じゃないかって。
いつもながら、わかりにくいような、わかりやすいような、優しさを隠し持ってる人だなぁ。
もしかしたら、お父さんって、こういう存在なんじゃないか、って、祥くんを見てるとときどき思う。
不器用な優しさも、不思議と理解できる。何かに迷ってるときは、導いてくれる。傍にいてくれるだけで落ち着く。
…同い年だけどね。祥くんとわたしは。
自分が精神的には成長してないんじゃないかって思うと、それはちょっと問題だと思うけど。
乗り込んだ飛行機で、いつものごとく、離陸に向かうスピード感にドキドキワクワクしたものの、いざ飛行機が飛んで、高度も安定してくると、とたんに強い眠気に襲われた。かといって、少し前ほど寝不足続きでもなかったから、ときどきは目が覚める。
窓際の席に座ったのが災いして、飛行機が揺れるたびに、窓にゴンゴンと頭を打ち付けているせいもあるだろう。
でも、体がだるくて、姿勢を変える気にもならない。そう言えば、今月も、女の子の日が始まって、2日目だった。
見かねたのか、隣の祥くんがわたしの頭をそっと支えて、反対側に倒した。
ぐらぐらのわたしの頭は、厚かましく祥くんの腕にもたれかかってしまったけど、まあいいや。堅い窓よりは柔らかくて、うんと気持ちいいし、何より落ち着く。
「おい、海空」
耳元で呼ばれてるってことに、はっと気が付いたのは、頭を押し返された後だった。
何もなかったみたいな顔して、祥くんが「着いたぞ」って言う。
「あれ?ジュースは?」
客室乗務員のお姉さん、今日は飲み物を配りに来てくれなかったのかなって思ったけど、そんなはずはないと思いなおした。
「お前は乗り物に乗ったら、眠りっぱなしだろ。断っといた」
「ええ?そうなの?」
乗り物に乗ると眠る癖を知られていたことと、ジュースをもらえなかったことと、どちらもちょっとショック。
「昔から、遠足でも、バスの中ではずっと寝てたよな。帰りは疲れてるからみんな寝るけど、行きから寝てる奴なんかお前くらいだった。
相変わらず、たった1時間半のフライトで、しっかり睡眠が取れてうらやましいけど。
なんか…、成長してなくて笑える」
ひぃ、そうなんだ!遠足の行きのバス、わたししか寝てなかったんだ!
恥ずかしくて、わたしが口をつぐむと、祥くんは少し笑いを抑えて、わたしの頭にぽんと手を乗せた。
「ふくれんな。ジュースは空港で買ってやる」
「…違う!そうじゃないってば。わたし、もう子どもじゃないんだってば…」
幼いころの性癖が治っていないことを見破られた後では、わたしの言い訳なんて、何の説得力もなかった。
仕方なしに、祥くんに押し付けられて飲んだりんごジュースは、残念だけど、寝起きの喉にはとてもおいしかった。